中庸とは、かんたんに言うと、一方に大きくかたよらず、その場に合った考え方や行動を選ぶことです。
読み方は「ちゅうよう」です。何でも真ん中を選ぶことや、自分の意見を決めないことではありません。
この記事では、中庸の意味や使い方を、身近な例を使って解説します。似た言葉との違いや、孔子・アリストテレスとの関係も紹介します。
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中庸とは?かんたんに言うとどういう意味?

中庸とは、考え方や行動が一方に大きくかたよらないようにすることです。
やりすぎと不足の両方を避け、その場に合う方法を考えます。
たとえば、試験前に休まず勉強を続けると、体調を崩すことがあります。反対に、休んでばかりでは、必要な勉強が終わりません。
体調や試験までの日数を考え、勉強する時間と休む時間を決めます。このように、今の状況に合う方法を選ぶことが中庸です。
ただし、勉強と休みを必ず半分ずつにするわけではありません。中庸は、何でも同じ量に分ける考え方ではないためです。
中庸の読み方と意味
中庸の読み方は「ちゅうよう」
中庸は「ちゅうよう」と読みます。
「中」には、一方に寄りすぎないという意味があります。「庸」には、いつも変わらず大切にする道という意味があります。
一般には、考え方や行動が一方にかたよらず、その場に合っていることを表します。
中庸は極端にかたよらない考え方
極端とは、考え方や行動が一方に大きく寄っていることです。
中庸では、やりすぎることと、足りないことの両方を避けます。そのうえで、目的や状況に合った方法を選びます。
たとえば、自分の意見だけを押し通すのではなく、相手の意見にも耳を傾けます。ただし、相手の言うことに何でも従うわけではありません。
自分と相手の意見を確認し、よりよい答えを考えることが中庸に近い判断です。
中庸は単なる妥協ではない
妥協とは、お互いが少しずつゆずり、合意できる点を見つけることです。
中庸と妥協は似ていますが、同じ意味ではありません。中庸は、ただ意見の間を取るのではなく、その場に合った答えを考えます。
必要な場合は、一方の考えを選ぶこともあります。大切なのは、何となく無難な答えを選ばないことです。
中庸を身近な例でわかりやすく解説

勉強と休みのバランスを取る例
試験前に夜遅くまで勉強を続けると、睡眠が不足することがあります。疲れがたまると、勉強した内容を思い出しにくくなる場合もあります。
反対に、休みを優先しすぎると、必要な勉強が進みません。体調や残り時間を考え、勉強と休みを組み合わせることが大切です。
中庸の意味に戻すと、勉強だけ、休みだけという一方にかたよらず、今の自分に合う進め方を選ぶことになります。
仕事で速さと正確さを考える例
仕事では、早く終わらせることと、間違いがないように確認することの両方が大切です。
速さだけを重視すると、間違いが増えることがあります。確認に時間をかけすぎると、期限に間に合わないことがあります。
重要な部分をきちんと確認しながら、期限にも間に合うように進めます。目的に合った進め方を選ぶことが、中庸の考え方です。
お金を使いすぎず、ためすぎない例
お金を使いすぎると、急に必要になったときに足りなくなることがあります。
反対に、必要な物まで買わずに我慢すると、生活が不便になる場合があります。
収入や今後の予定を考え、使う金額とためる金額を決めます。これも、一方にかたよらず、その場に合う方法を選ぶ例です。
健康を考える例
運動は健康に役立ちますが、体調が悪いときに無理をすると、体への負担が大きくなります。
反対に、まったく体を動かさない状態が続くことも、健康にはよくありません。
自分の体調や年齢に合わせて、無理のない運動を続けます。中庸では、何がその人に合うかを考えることが大切です。
中庸が使われる場面

日常生活で使う場合
中庸は、食事、運動、勉強、趣味、お金の使い方などで使われます。
何かをやりすぎていないか、反対に足りていないかを考える場面に合う言葉です。
生活の中で無理なく続けられる方法を選ぶことも、中庸の考え方といえます。
仕事で使う場合
仕事では、速さと正確さ、費用と効果、挑戦と安全などを比べて判断する場面があります。
一方だけを大切にするのではなく、仕事の目的や期限に合う方法を考えます。
このような判断を「中庸を保つ」「中庸を得る」と表すことがあります。
経営で使う場合
経営とは、会社やお店を続けていくために、仕事の進め方やお金の使い方を決めることです。
会社では、新しいことに挑戦する必要があります。一方で、大きな損失を避けるための注意も必要です。
挑戦だけ、安全だけにかたよらず、会社の状況に合う判断をすることが求められます。
人の性格や考え方を表す場合
考え方や感情が一方にかたよりにくい人を、「中庸な人」と表すことがあります。
ただし、自分の意見を持たない人という意味ではありません。
自分の考えを持ちながら、相手の話にも耳を傾け、落ち着いて判断する人を表します。
中庸の使い方と例文
「中庸を保つ」の意味と例文
「中庸を保つ」は、考え方や行動が極端にならないようにするという意味です。
- 仕事と休みの間で、中庸を保つようにしています。
- 話し合いでは感情的にならず、中庸を保つことが大切です。
- 食べすぎや食事の減らしすぎを避け、中庸を保つようにしています。
「中庸を得る」の意味と例文
「中庸を得る」は、かたよりが少なく、全体のつり合いが取れていることを表します。
日常会話ではあまり使われませんが、文章や説明の中で使われることがあります。
- この計画は、費用と効果のバランスがよく、中庸を得ています。
- 彼の提案は、理想と現実の間で中庸を得ています。
「中庸な考え方」の意味と例文
「中庸な考え方」は、一方に大きくかたよらず、状況に合った考え方を表します。
- 問題を解決するには、中庸な考え方も必要です。
- 一方の意見を完全に否定せず、中庸な考え方を取り入れました。
- 無理なく長く続けるために、中庸な方法を選びました。
「中庸な人」の意味と例文
「中庸な人」は、感情や意見が一方にかたよりにくい人を表します。
- 彼は周囲の意見を聞いて判断する中庸な人です。
- 彼女は感情に流されにくく、中庸な考え方ができます。
中庸の言い換え・類語
類語とは、意味がよく似ている言葉のことです。
中庸は、会話の内容に応じて「バランスがよい」「かたよりがない」などに言い換えられます。
| 言葉 | 意味 | 使い方の例 |
|---|---|---|
| バランスがよい | 複数の物事のつり合いが取れていること | 仕事と生活のバランスがよい |
| かたよりがない | 一方だけに寄っていないこと | かたよりがない意見 |
| ほどよい | 多すぎず、少なすぎないこと | ほどよい運動を続ける |
| つり合いが取れている | 複数の物事がうまく合っていること | 費用と効果のつり合いが取れている |
| やりすぎない | 必要な程度を超えないこと | 運動をやりすぎない |
| 落ち着いている | 感情や行動が大きく乱れないこと | 落ち着いて判断する |
ただし、これらの言葉が中庸と完全に同じ意味になるわけではありません。
中庸には、ただ量を減らすのではなく、その場に合った考え方や行動を選ぶという意味があります。
中庸の対義語・反対の意味を持つ言葉
対義語とは、反対の意味を持つ言葉のことです。
中庸の反対に近い言葉は「極端」です。
| 言葉 | 読み方 | 意味 |
|---|---|---|
| 極端 | きょくたん | 考え方や行動が一方に大きくかたよること |
| 過剰 | かじょう | 必要な量より多すぎること |
| 不足 | ふそく | 必要な量や程度に足りないこと |
| 行きすぎ | いきすぎ | ちょうどよい程度を超えること |
中庸では、多すぎる状態と足りない状態の両方を避けます。
そのうえで、現在の状況に合う考え方や行動を選びます。
中庸と似た言葉の違い

中庸と中道の違い
中道は「ちゅうどう」と読みます。二つの極端な立場を離れる考え方です。
中道は、仏教の教えを説明するときによく使われます。仏教とは、インドで生まれた、人の苦しみや生き方について考える教えです。
中庸も、極端を避ける考え方です。ただし、日常の行動や人の性格、仕事での判断を表す言葉としても使われます。
| 言葉 | 主な意味 | よく使われる場面 |
|---|---|---|
| 中庸 | 一方にかたよらず、状況に合う状態を選ぶこと | 日常生活、仕事、性格、中国の教え |
| 中道 | 二つの極端を離れること | 主に仏教の教え |
中庸と中立の違い
中立とは、争っている二つの側のどちらにも加わらない立場です。
中庸は、どちらにも加わらないことではありません。状況を確認し、よりよいと考えた意見や行動を選びます。
中立は「立場」を表す言葉です。中庸は「考え方や行動のあり方」を表します。
中庸と平均の違い
平均とは、複数の数を合計し、その個数で割って求める値です。
中庸は、計算によって求めるものではありません。人や目的、状況を見ながら、その場に合う方法を考えます。
そのため、平均が必ず中庸になるとは限りません。
中庸と凡庸の違い
凡庸は「ぼんよう」と読みます。特に優れた点がなく、ありふれていることを表す言葉です。
中庸は「ちゅうよう」と読み、一方に大きくかたよらない考え方を表します。
| 言葉 | 読み方 | 意味 |
|---|---|---|
| 中庸 | ちゅうよう | 極端にかたよらず、その場に合う状態を選ぶこと |
| 凡庸 | ぼんよう | 特に優れた点がなく、ありふれていること |
漢字は似ていますが、読み方も意味も違います。
中庸とバランスの違い
バランスとは、複数の物事のつり合いが取れている状態です。
中庸にも、つり合いを考える意味があります。ただし、中庸では、状況に応じてどのような行動を選ぶかという点も重視します。
バランスは物や量にも使えますが、中庸は人の考え方や行動に使われることが多い言葉です。
中庸は誰の言葉?孔子との関係
中庸は、特定の一人が初めて作った言葉だと、はっきり決められるものではありません。
中国で古くから受け継がれてきた考え方で、孔子の教えと深い関係があります。
孔子とは
孔子は「こうし」と読みます。古代中国で、人としての生き方や社会のあり方を教えた人物です。
孔子の教えは、後の時代に儒教として広まりました。儒教とは、中国で生まれた、人の生き方や社会の決まりを大切にする教えです。
孔子の教えと中庸の関係
孔子の言葉を弟子たちがまとめた『論語』には、中庸を大切な徳として扱う内容があります。
徳とは、人として大切にしたい考え方や行いのことです。
孔子の教えを受け継ぐ中庸では、感情や行動を、その場に合った形で表すことが大切だとされています。
喜びや怒りなどの感情を、まったく持たないようにするわけではありません。状況に合う形で感情を表し、行動することを大切にします。
そのため、中庸は「孔子の言葉」と説明されることがあります。より正確には、孔子の教えと深い関係がある大切な考え方です。
中国の古典『中庸』とは
古典とは、昔から長く読み継がれてきた書物のことです。
中国の古典には、『中庸』という名前の書物があります。もともとは、『礼記』という中国の古い書物の一部でした。
『中庸』は後に、『大学』『論語』『孟子』とともに、儒教で大切にされる書物になりました。
この四つの書物は「四書」と呼ばれます。四書とは、儒教で特に大切にされる四つの書物のことです。
『中庸』を書いた人は誰?
『中庸』は、孔子の孫である子思が書いたと伝えられています。子思は「しし」と読みます。
ただし、書物のすべてを子思が一人で書いたとは限らないという考えもあります。後の時代に加えられた部分があるとも考えられています。
初心者は、「中庸は孔子が書いた本」と覚えないように注意しましょう。孔子の教えと関係が深い書物ですが、孔子本人が書いた本ではありません。
アリストテレスが説いた中庸とは
古代ギリシャの哲学者アリストテレスも、やりすぎと不足の間にある、ふさわしい行動を大切にしました。
哲学者とは、人の生き方や、物事の根本について深く考える人です。
アリストテレスは、よい行動をするには、多すぎる状態と足りない状態の両方を避ける必要があると考えました。
勇気を例にした中庸の考え方
アリストテレスの中庸は、勇気を例にすると理解しやすくなります。
危険を考えずに行動することは「無謀」です。無謀とは、危険や結果をよく考えずに行動することです。
反対に、必要な場面でも恐れて何もしないことは「臆病」です。臆病は「おくびょう」と読み、怖がって行動できないことを表します。
危険を理解したうえで、必要な行動を取ることが勇気です。
| 不足している状態 | 中庸に当たる状態 | やりすぎた状態 |
|---|---|---|
| 臆病 | 勇気 | 無謀 |
ただし、臆病と無謀を半分ずつ混ぜれば、勇気になるわけではありません。
置かれた状況を正しく理解し、ふさわしい行動を取ることが大切です。
孔子の中庸との共通点
孔子の教えと、アリストテレスの考えには、極端な状態を避けるという共通点があります。
どちらも、やりすぎや不足を避け、その場にふさわしい行動を大切にしています。
孔子の中庸との違い
孔子の中庸とアリストテレスの中庸は、同じ教えから生まれたものではありません。
孔子につながる中庸は中国で生まれ、人との関わりや社会での生き方を大切にします。
アリストテレスの中庸は古代ギリシャで生まれ、どのような行動が人としてよい行動なのかを考えます。
似ている部分はありますが、それぞれ別の文化や考え方から生まれたものです。
中庸について初心者が間違えやすい点
中庸は単純な真ん中ではない
中庸は、二つの選択肢の真ん中を機械的に選ぶことではありません。
たとえば、0と100の間だから、必ず50を選ぶという考え方ではありません。
状況によっては、30や70に当たる選択が、その場に合う場合もあります。
中庸はどっちつかずではない
中庸は、自分の意見を決めず、あいまいな態度を取ることではありません。
複数の意見や状況を確認したうえで、自分なりの答えを選びます。
必要な場合は、はっきりと一方を選ぶこともあります。
中庸は何でも半分にすることではない
仕事と休みを半分ずつにすることが、いつでも中庸になるとは限りません。
忙しい時期には、仕事の時間が長くなることもあります。体調を崩しているときには、休む時間を増やした方がよい場合もあります。
決まった割合を守るのではなく、今の状況に合う割合を考えることが大切です。
中庸は何でも我慢することではない
中庸は、自分の気持ちを抑え、周囲に合わせ続けることではありません。
自分と相手の両方を考えながら、目的に合った行動を選びます。
心や体に無理をかけ続けることが、中庸になるとは限りません。
中庸は目立たないという意味ではない
中庸は、特徴がないことや、目立たないことを表す言葉ではありません。
特徴がなく、ありふれていることを表す言葉は「凡庸」です。
中庸と凡庸は漢字が似ていますが、意味は異なります。
中庸の答えは状況によって変わる
中庸でふさわしいとされる行動は、いつでも同じではありません。
急いで決めるべき場面と、時間をかけて確認すべき場面では、ふさわしい行動が変わります。
決まった答えを使い続けるのではなく、そのときの目的や状況を考えることが大切です。
中庸についてよくある質問
中庸はよい意味で使う言葉ですか?
中庸は、一般にはよい意味で使われます。
考え方が一方にかたよらず、落ち着いて判断できることを表すためです。
ただし、使い方によっては「考え方が無難すぎる」という意味に受け取られる場合もあります。
中庸な人とはどのような人ですか?
中庸な人とは、感情や考え方が一方にかたよりにくい人です。
自分の考えを持ちながら、相手の意見にも耳を傾けます。そのうえで、状況に合う判断ができる人です。
何も主張しない人という意味ではありません。
中庸とバランスは同じ意味ですか?
中庸とバランスは似ていますが、まったく同じではありません。
バランスは、複数の物事のつり合いを表します。
中庸は、つり合いを考えるだけでなく、その場に合った考え方や行動を選ぶことまで含みます。
中庸は座右の銘として使えますか?
中庸は、座右の銘として使えます。
座右の銘とは、自分が日ごろから大切にしている言葉や考え方のことです。
「極端な考えに走らず、落ち着いて判断したい」という思いを表す言葉として使えます。
中庸は褒め言葉ですか?
「中庸な判断」「中庸を得た考え」のように使う場合は、よい評価を表します。
ただし、人に対して「中庸な人」とだけ伝えると、「特徴がない」という意味に誤解されることがあります。
「周囲の意見を聞き、落ち着いて判断できる」のように、具体的な長所も伝えると分かりやすくなります。
中庸は孔子が作った言葉ですか?
中庸は、孔子が一人で作った言葉だとは言い切れません。
ただし、孔子の教えと深い関係があり、『論語』でも大切な考えとして扱われています。
中国の古典『中庸』は、孔子の孫である子思が書いたと伝えられています。
中庸はいつでも正しい考え方ですか?
中庸は、どのような場面でも間を取ればよいという考え方ではありません。
危険を避ける必要がある場面や、はっきりとした判断が必要な場面もあります。
中庸で大切なのは、あいまいにすることではなく、その状況にふさわしい判断をすることです。
まとめ|中庸とは極端にかたよらず、その場に合う選択をすること
中庸とは、一方に大きくかたよらず、その場に合った考え方や行動を選ぶことです。
何でも真ん中にすることや、意見を決めないことではありません。やりすぎと不足の両方を避け、現在の目的や状況を考えて判断します。
中庸の考え方は、勉強、仕事、健康、人間関係、お金の使い方など、身近な場面でも役立ちます。
迷ったときは、「一方にかたよりすぎていないか」「今の状況に合っているか」を考えてみましょう。

